興味深い記事が出ていました。
・どうやってテクノロジーを追いかけていますか?ジュニアソフトウェア開発者として応募したときにCI/CD、クラウドコンピューティング、Dockerとか大量のことを要求されました。もういっぱいいっぱいです。
質問そのものに関しては、私が明るい技術ではないので具体的な回答はありません。
ただ回答の内容に対しては非常に賛成できるものでした。
■「出来ないもの」をやる仕事
ゲームを作るときには今現在「出来ないもの」の実現を求められることが多いです。
今までよりも多くのポリゴン数で、今までよりも処理が重い画像効果処理で、など。
それだけでなく「今までに作ったことがないジャンル」のゲーム作成を求められることがあります。
基本私はやったことがあるものの仕事を割り振られたことがないですね。
それでも完成させられると予想したリソース量、期間で完成させてきました。
■面倒くさいと不安の関係性
②企業のインフラで使われていることを知っているテクノロジー(例:「Dockerをいつ、何故使うかは知っている。だけどDockerfileは書いたことがない」)
③聞いたことはあるけど何者なのか見当がつかないテクノロジー(例:「Kubernetesというのは聞いたことがあるけど、何のために使うのか見当がつかない」)
一日に1時間でも使って、テクノロジーをリスト (3) からリスト (2) に移せ。
これは確かにその通りなんです。
めんどくさい、と思うことと不安になることって似ていると思っています。
どっちも実行するうえで複数の良くわからない手順を実行する必要があるためです。
調べたらわかるけど、調べないと実行できないものはめんどくさい作業になるんです。
どう調べたらいいかわからないものは、不安な作業になります。
ただ不安な作業も、関連する技術を複数勉強していくうちにめんどくさい作業に変わっていくことが多いです。
何を勉強すれば近づくか、何と何を組み合わせればできるようになるか、というのは確かに一種かけのような側面もあります。
それでも他の人が踏み入れてない領域に入ることさえできれば、求めていたものでなくても充分コンテンツの武器になる技術になることがほとんどです。
面倒くさいとか不安だとかをどれだけ乗り越えたかが、そのままコンテンツの価値になることが多いです。
■作業と仕事
仕事を始めるときにできないことだらけ、わからないことだらけ、ということはよくあります。
それでも1個1個乗り越えていく意思を持って、実際にやっていくしかないと思います。
センスのあるなしを話す人がいるのですが、個人的には挑戦したかどうかが分かれ目なのではと思っています。
言われたことをやる、というのも悪くはなくそれに徹するのもいいかと思います。
ただ言われたことをやるのは「作業」で、できないことをやるのが「仕事」だと思います。
仕事ができるようになりたいのであれば、挑戦していくしかないのではないでしょうか。