説明がうまい人というのは高い評価を受けることが多いです。
ただ説明がうまいからと言って、行っていることが正しいかどうかはまた別の話です。
・見ている人の多くがそうだと思える
と説明がうまいと思われます。
ただ「見ている人の多くがそうだと思える」のと「実際にそうである」のは違いますよね?
「そうであってほしい」ものを「正しい」と思いたくなる傾向があります。
SNSが普及し始めてからこれが顕著になってきたなとおもいます。
例えばある技術を習得するのに勉強時間が20時間必要だったとするじゃないですか。
①ちゃんと20時間で身につける記事を書く
②10時間でも大丈夫という記事を書く
これだと②のほうが話題になることが多いんですよ。
結果「②」だとできないとしてもです。
今の検索重視の世の中では「②」の記事のほうがどうしても目に付きます。
「すぐに怒る人は仕事ができない」、「メールの文面がおかしい人は仕事ができない」とかいう記事もあるじゃないですか。
仕事ができる出来ないと怒りやすい怒りにくいなんて相関関係ないですよ。
怒りやすい人で仕事できる人もいればできない人もいるし、怒りやすくない人でも仕事できる人もいればできない人もいます。
ただ怒りやすい人が嫌いな人が多いから「すぐに怒る人は仕事ができない」という記事は「そうあってほしい」という気持ちも込めて評価されやすいのです。
納得感に振り回されると正しい選択が出来なくなっていきます。
それはそれ、これはこれです。